2009年6月23日火曜日

骨々ウエディング→転調とリエゾン

3子の魂100まで、という言葉があるがあまり好きではないし

正しくない

と

思う。


わたくしが考えるこの言の葉のいみとは…

3歳ぐらいまで(あくまで幼い時期という意味)に受けた印象は、そのままずっと持たれてしまう。

というね。

つまり、周りがそういう印象でソイツを評価してしまうのさ。

若いときなんてのはまだ無知で未熟で未経験が豊富なもんだから、性格がそこで

かたまるわきゃないす。

固まってんのはクサレ脳みそをもった一部のotonaたちだとおもう。


俺が会ってしまった大人のなかで異常に諺を神格化してるあほどもはたくさんいた。

まるでそれが神の啓示であるかのように我らに押し付けよった。

俺はそんなクズに会うたび、『この状況でそんな言葉使っても意味ないだろうドグサレが!』

とか思ってたけど、(特に小学校らへん)

めんどくさいからだまってた。

諺とか故事成語とかってのは、ただの言葉の羅列じゃない。

いつかおきたできごとを、上手に語呂よくいったものだ。

基本的にその例についてしか適用されない。


だから諺とかをあたかも公式のようにつかっちゃいけない。

こういうこともあったんだていう、例示として使用すべき。


経験則でものを語ってはいけない。

参考にはなるが実情にあわせて毎度頭を震わせねば。

まして人が作った考えを切り取って使うなんてのは、ありえなす。

ただの阿呆だ。



と昨日モッツアレラチーズきりながら思った。

なんか考え事っていつやってくるのかわかんない。

まるで彗星か便意みたいに。



緑茶うまい
↓
寝不足
↓
消化中

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